「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群とは?

 古代東アジアにおける海を越えた交流-その舞台となった海域の「神宿る島」と人々との関わりが、沖ノ島を 信仰の対象とする文化的伝統を育みました。  千数百年間、島では祭祀遺跡が膨大な数の奉献品とともに手つかずで残されてきました。 500年間に及ぶ対外交流と自然崇拝に基づく古代祭祀の遷り変わりを伝えています。  人々の間にはやがて三柱の女神に対する信仰が生まれ、島を守ってきた禁忌を保ちながら 海の安全を願う古代からの信仰が現代に継承されています。  「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群は、こうした信仰の文化的伝統の形成と継承の過程を物語る 世界でも例のない遺産群です。

 本遺産群は、神宿る島を崇拝する伝統が、古代東アジアにおける活発な対外交流が進んだ時期に発展し、 今日まで継承されてきたことを物語る世界でも例のない遺産群です。

  • 評価基準(ⅱ)

     ある期間にわたる価値観の交流又はある文化圏内での価値観の交流を示すもの

     本遺産群は、沖ノ島で始まった古代祭祀の変遷により、4世紀から9世紀の東アジアにおける価値観の交流を示す。宗像地域の人々は航海の危険を乗り越えて交流に大きな役割を果たした。大陸からの新たな文化や優れた品々は、古代日本の政治や社会、信仰などあらゆる面の発展に貢献した。国家にとって非常に重要な交流の航路の守り神として、沖ノ島には当時の先進技術で作られた重要な舶載品が数多く奉献され、活発な対外交流の実態を反映する。

  • 評価基準(ⅲ)

     ある文化的伝統又は文明の存在を伝承する稀有な物証

     本遺産群は、「神宿る島」を崇拝する文化的伝統が古代から今日まで発展し継承されてきたことを物語る稀有な物証である。1500年以上にわたり神聖な島とされてきた沖ノ島では、4世紀から約500間におよぶ古代祭祀の変遷をほぼ手つかずの状態で伝える考古遺跡が守り伝えられてきた。自然崇拝を基盤として航海の安全を祈る祭祀は、宗像三女神をまつる宗像大社の3つの宮における祭祀へと発展し、それぞれが信仰の場として今に続いている。新原・奴山古墳群は信仰の文化的伝統を築いた宗像氏の存在の物証であり、沖津宮遙拝所が大島に設けられるなど、禁忌や遥拝といった島に対する信仰の伝統は宗像地域の人々の間で現在まで継承されている。

  • 評価基準(ⅵ)

     顕著な普遍的意義を有する生きた伝統、思想、信仰などとの実質的関連

     本遺産群は、海上の安全を願う生きた伝統との明白な関連がある。沖ノ島への信仰は、航海や漁業といった海上活動に伴う危険への対応から生まれたものであり、厳しく入島を制限する禁忌など、信仰の伝統は今も宗像地域の人々の生活に息づいている。沖ノ島に対する信仰は古事記・日本書紀に登場する宗像三女神信仰へと発展し、日本固有の信仰の形成の一段階を示す。宗像三女神は水上での安全などを司る神として、現在も日本全国で広くまつられている。

 世界遺産とは、国や民族を越えて人類が共有するべき「顕著な普遍的価値」をもつものとして、世界遺産条約に基づいたユネスコの世界遺産リストに記載された資産で、「文化遺産」と「自然遺産」、その両方を兼ね備えた「複合遺産」の3種類があります。「世界遺産としての価値」をもつかどうかは、ユネスコ世界遺産委員会が定める(ⅰ)から(ⅹ)までの10の評価基準のうち、1つ以上該当すれば「世界遺産としての価値」をもつと判断されます。
2016年に世界遺産に推薦された本遺産群は、この3つの評価基準に該当するものとして、2017年の世界遺産登録を目指しています。

宗像沖ノ島関連遺産群マップ

構成資産

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