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沖ノ島の概要

沖ノ島(宗像大社沖津宮)

 

沖ノ島は、九州本土から60㎞離れた玄界灘の真ん中にあります。周囲に他の島がなく、航海の目印として、嵐に遭った時の避難場所として、この海域の航海に従事していた人々にとってなくてはならない島でした。そのため、沖ノ島は遥かな古代より現在に至るまで島そのものが信仰の対象です。

4世紀後半から対外交流が活発になると、交流の成就と航海の安全を祈って沖ノ島で大規模な祭祀が行われるようになりました。発掘調査によって22ヶ所の祭祀遺跡が確認され、祭祀形態が四段階の変遷を辿ることが判明しました。さらに、祭祀で捧げられた奉献品の質の高さと量の多さから、国家が関与した祭祀=「国家的祭祀」と評価されています。交流によってもたらされた奉献品も多数見つかっており、出土した8万点に及ぶ奉献品はすべて国宝に指定されています。

島全体が宗像大社の境内(沖津宮)であり、宗像三女神のうち田心姫神(たごりひめのかみ)が祀られています。現在も続く厳格な禁忌のため一般の人の立ち入りは原則禁止されています。 

 

沖ノ島の禁忌

沖ノ島は、「神宿る島」として島そのものが信仰の対象です。全島が宗像大社の境内であり、神域である沖ノ島は、現在も厳格な禁忌によって守られています。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「不言様(おいわずさま)」

沖ノ島で見たり聞いたりしたものは、一切口外してはならないとされてきました。このため、沖ノ島がほとんど人に知られることなく、古代の姿のままで守られてきたのです。

「一木一草一石(いちもくいっそういっせき)たりとも持ち出してはならない」

沖ノ島のものは、何一つとして島外に持ち出してはいけないという禁忌です。この禁忌があったからこそ、沖ノ島祭祀遺跡の奉献品は、1600年もの間盗まれることがなかったといえます。

「女人禁制(にょにんきんせい)」

現在も、女性は沖ノ島に上陸することができません。その理由は定かではありませんが、女性の神様なのでやきもちをやくという説や、沖ノ島までの渡島は女性にとって体力的に厳しいからという説などがあります。

「禊(みそぎ)」

沖ノ島へ上陸する際には、着衣をすべて脱ぎ、全裸になって海中で心身を清めます。禊をしてはじめて島への上陸が許されるのです。

「四本足の動物を食べてはならない」

沖ノ島の島内では、牛や豚などの四本足の動物を食べてはいけないことになっています。

「忌み言葉」

島内や近海では、縁起の悪い言葉を忌み言葉として、別の言葉に言い換えるということが行われていました。例えば、「死」は「くろやうせい」、「酢」は「みみとり」、「塩」は「なみのはな」と言い換えられました。 また、沖ノ島自体もその名を呼ぶことが恐れ多かったためか、江戸時代には「御号(オンゴウ)島」と呼ばれていました。

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